まつしま病院 白井希

私は、4月に東京都江戸川区にあるまつしま島病院に助産師として就職いたしました。初めて看護職として働くことは、緊張もしていますが、中学生のころから目指していた助産師が名乗れることに喜びを感じています。 まつしま病院に通院されている方の多くが「水天宮さんに行ってきました」と笑顔でお守りを見せてくださったり、安産になるようにと犬の像をなでてきたと笑顔でお話し下さいます。その度に、そういった方々のおかげで今助産師として働けているのだから、すべての妊産婦さんに丁寧に、真摯にに向き合おうと思います。 学生の頃から、病院実習はしておりましたが、実際に働いていると、命がけの出産をされたり、残念なことに妊娠中に赤ちゃんが亡くなりつらい思い出をされる方も少なくなく、産科医療の厳しさと過酷さを痛感しております。しかし、どんな体験であっても、時間がいくらかかっても良いので、その方や家族が、納得し、その後の人生を歩んでいけるようなサポートが出来るように働いていこうと心がけています。やはり、知識不足や経験不足から対応が難しく悩む事も多く、今でも自分の実施したケアが良かったのかと振り返ることもあります。その方の思いを聴き、汲み取り、専門職として自分に何が出来るか、と考えることは、言葉ではとても簡単ですが、実際にしてみると大変難しいです。しかし、いくら文献を読んでも分からないような事を利用者さんたちはたくさん教えて下さいます。女性と子供、家族に寄り添い続けることが出来る、そんな助産師に私はなりたいと思っております。

また、貴財団の奨学生として応募した理由として、父のがんとの闘病による生活苦がありました。父は余命6か月と言われてから、今現在で2年半生きていてくれます。父の闘病生活を支えることは、思っていた以上につらく、抗がん剤の治療で変わっていく父を見ていると、まだ病気を受け入れられていない自分がいるのだなと気づかされます。私は、看護という職に就きながら、私が家庭を持った時、育児をする時、悩んだ時、父はいつでも側にいてくれている事を疑ったことはありませんでした。命にはいつか終わりがあると知っておきながら、父や家族の命が消えてしまうことを想像さえしていませんでした。私は、中学生の時、命の重みを感じたことから、助産師になりたいと思うようになりましたが、就職後多く経験した人工中絶や流産、死産を含めた、消えていく命をみとることは今でもとても辛く感じます。利用者さんも授かった命が消えていくとは思いもしていなかった、自分が授かった命を消すと仕方なく決断して心が痛むと話して下さる方も多く、そういった方とお話ししていると、傾聴することしかできない、ということもあります。「命」の与える影響の大きさを日々感じており、きっと、今私が経験したこと以上に、思い悩むこと、辛いこと、これから多く経験していくのだと思いますが、不思議と助産師を選んだことを後悔したことは一度もありません。なぜだかは私にもわかりませんが、これからも「命」に寄り添える職業に誇りと責任感を持って助産師として、人として、成長していければと思っております。

就職して9月が経ち、周囲の人より遅いですが、そろそろ仕事もひと段落してきた頃なので、前回の手紙でも報告させていただきました助産師国家試験に無事合格できたこと、笑顔で働いていることを近々直接ご報告に伺いたいと考えております。

最後になりましたが、貴財団のご支援があり、助産学を学ぶことが出来たからこそ、辛いこともありますが、毎日利用者さんやスタッフの方々との関わりの中で日々学び笑顔で過ごすことが出来ているのだと思います。助産師として一年目ですが、今後、自分の目指す助産師になれるように、これからも笑顔で働いていきたいと思っております。報告書の送付が遅くなってしまいました事、重ねてお詫び申し上げます。大変申し訳ありませんでした。

では、以上で就職後の報告とさせていただきたいと思います。ご支援いただけたこと、心から感謝しております。ありがとうございました。

まつしま病院 白井希